夢の終わり

-　インフルエンザ検査キットのない紙カルテ時代の一夜の出来事　-

　　　１

　高三の啓吾(けいご)は思った……そういえば、数日前から風邪っぽかった、かもしれない。
　身体はだるい。しかし、だるくないときなんて、あるか？　たぶん、ない。常時だるい。そういう意味ではいつものことだし。
　鼻水？　少し早い花粉症じゃね？
　まあ、熱は出ていなかったから、普通に高校に通っていた。高校三年の最後の締めくくりとして、授業よりも大切なことがいろいろあった。そっちに気持ちがとられている間は、体調のことは忘れていられた。
　しかし今日の帰りは、あきらかに「来た」と自覚せずにいられなかった。みょうに寒く、じんわりと頭痛が続く。歩くたびに振動で脳がゆれる。
　しかも目がウルウルする。これはもしかしたら『好きな異性にふられたこと』の影響か……
　んなことはない、と、さすがの啓吾もみずからの若者らしい発想に苦笑しつつ、ふらつく足どりで自宅にたどり着いた。
　無言のまま自室に戻り、部屋着のスウェットに着替え、ベッドに突っ伏した。
　なんだこれ、まずい状況だ、まじヤバ。

　啓吾は、明日から出発の予定だった。大学入試のための東京滞在。午前の新幹線で出発し、一泊してから初日は予備日。朝から大学への道順を把握し、二泊めの朝が本番。さらに一週間のホテル暮らしを続け、二校の試験を受ける予定だった。
　そのタイミングで、この体調はなさすぎだろ。
「ご飯できたよ」と母に呼ばれ、啓吾は両親二人との夕食を、無口のままむりくり完食した。受験の緊張もあったし、常時脳内復習しているようなところもあって、ほとんど無言なのは許容範囲内だった。
　食べ終わったあと、さりげなく台所の引き出しから電子体温計を探し出して測ってみた。ピピッという発信音のあと、おそるおそる数字を覗くと「39.1」だった。なんだこれ、うそだろ。
　さすがにこれは親に秘密にしておけるレベルの話ではない、と覚悟を決めた啓吾は、無言で母に体温計を差し出した。言い訳なんかしたくないし、する気もなかった。ただ、逃げようのない現実だけが、そこにあった。